食は人間にとって最も根源的な行為であり,古今東西を問わず多様な食文化が形成されてきた。日本では高度経済成長期以降,それまでの飢えから解消され飽食を享受できるようになったものの,近年では食生活の荒廃や郷土食・伝統食の継承が重要な社会問題として顕在化してきている。また昨今の新型コロナウイルス感染症の拡大は,人々の食を含めたライフスタイルや価値観に大きな変化を与えつつある。このように,地域的多様性と歴史的変化を内包する食文化の実態を解明するためには,時間軸と空間軸の中で社会的事象を分析する歴史地理的な視点を欠くことはできない。
 これまで歴史地理学は,食文化に関してそれほど多くの業績を残してきたとはいえない。それは,食の実態を知り得る資料的な制約にはばまれたことにもよるが,地理学の主たる関心が生産的側面に偏りがちで,消費的側面へ向けられてこなかったこともまた事実であろう。しかしながら近年では,日本の郷土食や外来食文化の受容に関する研究に加え,諸外国とのフードチェーンに関する研究,食を通して時代を問う研究など,歴史地理学における食文化研究への機運が高まっている。これを好機と捉え,歴史地理学の立場から,あらためて食文化研究を整理し体系化することは,そのこと自体の意義にとどまらず,これまでに蓄積されてきた生業や生産の歴史地理学の成果を捉え直す契機にもなるであろう。このような食文化について,歴史地理学の視点から多角的な議論を喚起したい。なお,共同課題の対象は日本に限るものではない。